· [置顶] 中国文化报 2012-01-19 修复古典堆绣的中国“绣娘”
· [置顶] 中国国际广播电台日语在线网站报导:三十年如一日 在寂寞中开花 致力于保护传承非物质文化遗产“刺绣”的民间艺术家 邵晓峥女士
2012-3-6 10:12:40 阅读24 评论1 62012/03 Mar6
文/《收藏投资导刊》记者 毕武英
2011年底,一件稀有的日本江户时期堆绣屏风被美国的一位藏家送到北京邵晓琤织绣研究院院长、中国文物学会文博学院刺绣专业创始人卲晓琤的客厅中,由于年代久远,加之运输不当,呈现在卲晓琤眼前的屏风已经是一副破旧凋零的样子。
而卲晓琤所要做的就是通过修复,让这个屏风尽力回到属于自己的那个年代。
织品修补的缺位
两个月后,当记者目睹这件日本屏风的时候,已经看不出原来破损的痕迹。和中国布贴式的平面堆绣不同,这件作品中的人物、房屋场景在层层类似中国宣纸一样的日本古代特有纸张的堆塑下,仿佛有了血肉灵气,一个个都浮立于画面之上,而更难能可贵的是,残留在屏风上面的人物即便在几百年后的今天看来,依然栩栩如生,努力和画面中的其他元素一起,表现着日本江户期的市井生活。
卲晓琤说,按照委托人的要求,这件作品需要做到修旧如旧,即看不出修复的痕迹,但这并非易事。由于中国并没有针对这类文物的专业修复机构,不要说专业人员,这件屏风的修复不仅牵涉到刺绣、布艺,还有绘画、装裱等技艺,要有这么综合的修复能力,实属不易。即便购买一些必要的原料都很费心思。“屏风中,一个垂钓人的头部没有了,衣服也破损了,我根据残留在画面上的脚的形状判断出这个人很消瘦,因此按照日本江户时期的资料还原出他应该是一位面容清瘦的老者。”然而,随着修复方向的确定,卲晓琤所遇到的问题也接踵而来,首先原来人物所穿的衣物是一种非常细小的格纹绸缎,这种织品在中国很难找到,卲晓琤只能用一些近似的布将他的衣物修补起来。还有人物缺失的头部,由于画面中其他人物的头发所用的材料是某种动物毛发,找不到完全匹配的,卲晓琤寻找无果后,用看上去效果接近的黑色蚕丝线做了人物的头发。“如果能找到完全一样的材料,修补的效果将更好。”
材料的缺失是卲晓琤经常所要面对的难题“一些织绣品的用线要求色系过渡特别多,需要具有传统工艺的厂家才能生产,而且它还要愿意接这个单子,因为我们的用量很小。”为了让厂家愿意染色,卲晓琤不得不购买远远超出需要的数量,为此付出的成本代价很高。“如果织绣品修复受到重视,形成自己的产业链,那么原料问题才终将得到解决。”
然而,不仅仅是产业链的缺失,藏家对织品的修补认知也同样存在缺位。曾有一位藏家从英国购得一对出自圆明园的刺绣挂屏,四周的盘金线开始脱落,他把这件绣品挂在自己位于北京古玩城的店中,并不知需要加以特别保护,“每天的射灯直晃晃地照射着,来来往往的人见到散落在边上的金线也任意地拉扯,这可是传统工艺的金箔捻线,这种工艺手法现在已经濒临失传!”卲晓琤说,这位藏家原先也曾希望她帮助修复该件织品,但自己最终还是拒绝了。“首先是当今的金箔捻线多用于表演而不应用于生产,会捻这种金线的人也很少;其次,我前后去过三次,每去一次,织品的残破度就加重一些,那些金线脱落得不成样子,很难从里面找到一些用以修复的残留的信息。”
织品修复的误区
和大多数文物修补一样,很多藏家希望修补后的织品看上去能和原先的一样,也就是说“修旧如旧”。而在邵晓琤看来,如果从研究的角度来修补织品,那么“修旧如新”倒也不失为一种好的选择。“修补的地方并不刻意做旧,让新旧部分有明显的区别,可以为研究者提供明确的如何修复的针法印记。”
此外,邵晓琤说,当代人认为织绣品的品相不很好就不值得收藏,其实品相好的织绣品,造假的风险性也高,相反那些品相不好的织绣品,可以更多地为藏家提供历史“稽查”信息,并能通过修复提升其价值,提高识别鉴赏能力。“比如,从断开的线上可以分析出其工艺应属何年代、何技法,再从线的脱落部位,可以看到下面的底样图纹,年代久的织绣品底稿均用毛笔画的,近代开始用圆珠笔等硬笔,到了现在,出现了电脑喷绘底。”邵晓琤对目前刺绣界盛行的以电脑喷绘底并不苟同,她认为“喷绣”为绣娘解决了绘画上稿的难题,也便捷了绣制过程中的用色用技,缩短了生产的周期,更减轻了绣娘们的工作量,尤其对致富、繁荣市场有着不可抹杀的积极意义,但从手工艺传承保护角度来看,“喷绣”加速了传统技艺的缺失和艺术的衰退,“喷绣”不仅会随着时间的推移而褪色,还因有浓重的底色做衬,而忽略了针巧技法的风格和配色融色的讲究,久而久之,那些传统的技艺渐行渐远矣。”邵晓琤说,“因此,藏家若真喜欢“喷绣”可以适当收藏,因为毕竟这种刺绣也是当代新型的刺绣品,但一定要在知情的情况下收藏,要知道仅就稀有性、技术性而言“喷绣”的收藏价值便远没有手工画底绣来得高。”
另外,邵晓琤还提醒说,机构或者个人在修复织绣品时也要找对专业人员,“首先要了解该件绣品属于哪个绣种,是苏绣、粤绣、蜀绣、湘绣还是顾绣,然后再找对专门从事某种刺绣的人员,因为会苏绣的未必会粤绣,会顾绣的也未必会湘绣、蜀绣,以此类推,一旦找错对象,那么修复效果将可想而知。”所以,为规避风险,最好找专业的织绣研究机构修复。
2012-1-23 20:55:58 阅读42 评论1 232012/01 Jan23
本报记者 屈 菡/文 陈 曦/摄
走进中国高级工艺美术师邵晓铮的工作室,满眼都是精美的绣品。苏绣、湘绣、粤绣、蜀绣以及顾绣等一应俱全,缂丝机、刺绣架也摆满了房间。然而屋子里最醒目的,还是那幅日本的堆绣屏风,它就是邵晓铮的修复对象。
这是一幅日本江户时期的堆绣屏风,是位美国收藏家在日本得到的,但由于年代久远,屏风已经被严重磨损。不仅画面破了几个大洞,堆绣上的人物头部 也有残缺,修补这样复杂的藏品任务,不是一般人能完成的。于是,这位收藏家委托朋友在中国寻找能修复屏风的人。最终,他们找到了邵晓铮。
“堆绣是刺绣的一种,在中国从唐代就开始出现。”邵晓铮说起各种刺绣,如数家珍。如今,生产堆绣最集中的地方是青海,多是藏传佛教题材。在北京雍和宫里有一幅珍贵的清代堆绣佛像,首都博物馆内还藏有一件堆绣袈裟。
从工艺技法上看,这幅日本的堆绣屏风与中国的堆绣同源。它长约1米半,上面集中了100多个人物,每个仅有10厘米高。画面上,有野炊、垂钓, 描绘的是众人在野外活动的场面,与清明上河图的意境十分相似。但是,与目前国内多用布贴起的堆绣不同,这幅堆绣屏风上的每个人物都用填充物支撑起,立体感 非常强,也很生动。
从修复工作起初,记者便走进邵晓铮的工作室,把前后的变化用相机记录了下来。修复工作的重中之重是把缺失的4个人头补上。邵晓铮经过多次尝试, 才找到与原作最为相似的做法。她先用宣纸和硬板纸粘在一起,进而把人物的脸部表情塑造出来,然后再用棉花稍稍做一些填充,外面用真丝布料蒙起来,再进行彩 绘。
完成人物的脸部表情,邵晓铮要完全依靠想象,而且要与人物身体以及整个屏风的风格相一致。在修复好的人头上,记者甚至能看到连眉骨、鼻梁和牙齿,连单双眼皮都能区分出来,人物的发髻则是用真丝一根一根塑造上去的。
经过了两个多月的修复,如今工程已经接近尾声。在工作间隙,邵晓铮也聊起了自己的经历。她从小生活在苏州,周围很多邻居做女工活,她便很早接触 到刺绣。但真正从事刺绣事业是上世纪90年代初。当时,整个传统手工艺受到现代化的冲击在慢慢消失,邵晓铮希望能够挽救传统刺绣。后来,她到北京一所专业 学校教授刺绣课程,还利用业余时间开办了刺绣工作室,招收学生,手把手地传授刺绣。只要能数上的刺绣,都能在她这儿找到作品。她还利用6年时间的研究,比 较完整地恢复了鲁秀的材料和针法,如今她又着手恢复邢台的襄秀。
目前,世界上丝织工艺品的修复能力比较弱。在国内,尽管仍有很多人从事刺绣行业,但与传统的刺绣已经相去甚远。按钮一启动,成千上万幅电脑刺绣 就能完成。即便是手工刺绣,也更多的是先采用喷绘底图,然后再在画面上进行刺绣。这些快捷的刺绣方式的确创造了经济价值,养活了很多绣娘。然而传统的工艺 流程和技法则在慢慢地流逝,这使得不同种类的刺绣逐渐失去了各自鲜明的特点。
“当初看到这件生动的堆绣屏风,第一个念头就是中国历史上也应该有如此生动的堆绣,然而现在的工艺已经难以达到这样的高度。”邵晓铮说,她希望凭借自己的能力为恢复传统刺绣做点工作,她把这些看做自己的义务和责任。
2012-3-5 10:01:26 阅读26 评论1 52012/03 Mar5
邵暁琤さん(中)一家(左:息子の肖尧さん 右:夫の肖林さん)
「なんて美しい!」と見ている人が、みんな思わず声をあげました。それは日本の江戸時代の屏風です。この屏風の絵は「堆繍」という技法で描いたも のです。「堆繍」とは、立体的に見える絹の刺繍の技法です。アメリカのある収集家が、この珍しい品を日本から手に入れた時、長い年月を経ていたため何ヶ所 か綻んでいました。修復作業を頼まれた邵暁琤さんは、夫の肖林さんと息子の肖尧さんと一緒に2ヶ月をかけ、今の様子に復元しました。
「堆繍」という技法で作った日本の江戸時代の屏風
魯繍作品を紹介している邵暁琤さん
邵暁琤さんは江蘇省常熟市の出身です。「江南女子」特有の美意識と刺繍への愛情で、30年以上も刺繍の研究?制作を続けています。彼女の刺繍工房 には、さまざまな技法で作った作品がたくさん陳列されています。「山東省で発祥した技法なので、山東省を表す魯と言う字をとって『魯繍』と呼ばれている」 と邵さんは、木の下に二人が座っている様子を描いている刺繍を差しながら紹介してくれました。「中国の『四大名繍』とは蘇繍、湘繍、粤繍、蜀繍がある。地 名で命名され、それぞれに江蘇省、湖南省、広東省、四川省のもの。この龍は粤繍の作品。ヒゲの突き出たところの中に髪の毛を詰め込んでいるんだ」と夫の肖 林さんが語りました。彼も刺繍に非常に詳しいようです。
民間刺繍芸術家、邵暁琤さんはどんなきっかけで刺繍を始めたのか、どんな刺繍人生を歩んだのか、作品の市場化と芸術性のバランスをどのように保つのか、CRI記者は彼女の刺繍工房を訪ね取材を行ないました。
――いつから、どんなきっかけで、刺繍を始めましたか?
私の故郷江蘇省は昔から「刺繍の郷」と呼ばれていますので、小さい頃から刺繍に囲まれ、ずっと興味を持っていました。しかし、高校まで絵 画を専攻し勉強てきた私が、本格的に刺繍を始めたのは18歳の夏でした。実家のタンスの中に母の刺繍された洋服を偶然見つけました。それはパッションフ ルーツの模様を刺繍で縫い付けたシルクの洋服でした。1980年代の中国は、人々の服はほとんど黒と青でした。とても綺麗で精緻な刺繍模様を見て、大きな 衝撃を受けました。こんな美しいものを絶対に自分の手で作り、守りたいとその時に決めました。20歳ぐらいの時、私は国営企業の人事部
で働きました。仕事の合間に、刺繍を研究し始めました。
――自分で刺繍作品を作るだけでなく、伝承が途絶えた刺繍技法を復活することにも取り組んでいると聞いていますが、具体的にどんなことをされていますか?
中国の刺繍技法は百種以上あります。その中に、伝承できずに、そのまま消えてしまった精巧な技法、例えば、宋繍、襄(河北省刑台市)繍、 魯(山東省)繍などたくさんあります。歴史資料を調べたり、博物館を見学したり、現地で民間職人を探したりして、いくつかの消えた技法を復活しました。夫 の肖林と一緒に汽車で山東省、河北省などの刺繍技法の原産地に行って、現地の政府と刺繍協会などの機構に技法の復活を呼びかけました。そして、刺繍企業と 民間刺繍職人を十分重視するよう、支援するよう政府に要請しました。魯繍、襄繍と延辺朝鮮繍はすでに復活し、地方刺繍保護へ貢献できました。
――30年間の刺繍人生を振り返えり、何か辛いことや楽しいことがありますか。
自分が好きなことを毎日やり続けるのは、人生の最も楽しいことだと思います。作品が完成した時も作っている時も、私はいつも楽しいです。とは言 え、辛いことが全く無いとも言えません。私の刺繍研究?制作は全部個人でやっています。刺繍教室を開設する前は収入が非常に少なかったのです。2003年 から2006年の間に、父が病気で急に亡くなって、夫の父もガンになり、夫自身も病気で倒れてしまいました。この時息子は、まだ大学生だったのです。生活 のプレッシャーは急に大きくなり、刺繍の研究も中断するしかないような状況でした。仕方なく大切にしている作品を低価格で譲りました。30万元以上の価値 のある作品を5万元で売ったこともあります。幸い、夫も息子も私を理解してくれ、家族で助け合いながら困難を乗り越えました。今は家族3人で刺繍研究に取 り組んでいます。小さな工房さえあれば、これ以上の幸せはありません。
――現在の芸術品市場は非常に活発になって来ていて、黙々と芸術に取り組む職人はだんだん少なくなっているようです。邵さんは芸術性と市場化をどう見ていますか。
確かに、現在の政府も芸術品を市場化することを重視しています。しかし、私は自分の作品が芸術性を失うことを決して許せません。お金のた めに作ったものは芸術品と呼ぶ資格もありません。私の作品を全部売り出せば、何十戸の別荘も買えると思いますが、先程も言いましたが、小さいな工房さえあ れば、刺繍を続けられれば、私にとっては他に何もいらないのです。それでも、芸術性と市場化のバランスは取れると思います。いかにバランスを保つか、これ こそ芸術家として考えなければならないことです。
――これからどんな計画、希望がありますか。
希望が1つあります。刺繍芸術館を立てることです。刺繍の種類、歴史、技法などを人々に知ってもらい、私の作品も全部館内に所蔵し、刺繍芸術が代々に伝わること、これが私一生の願いです。(聞き手?構成:陳博)
邵暁琤さんの刺繍工房の一角
2011-11-8 13:39:48 阅读78 评论6 82011/11 Nov8
| 《中国刺绣鉴赏宝典》邵晓琤著(上海科学技术出版社) |